NHK連続テレビ小説『風、薫る』で、見上愛さんが演じる主人公・一ノ瀬りん。
看護婦として力強く成長していく姿が描かれる一方、物語に恋愛要素が加わったことで、
SNSでは「また恋愛の話なの?」という声も見られます。
しかし、一ノ瀬りんのモデルとされる看護婦・大関和(おおぜき・ちか)の人生を振り返ると
、恋愛は決して不自然な展開ではありません。
大関和は看護の先駆者として活躍しただけでなく、40歳を過ぎても男性から思いを寄せられ、
自らも純粋に人を愛した女性だったのです🌸
📺『風、薫る』第19週で描かれた赤痢との闘い
第19週「黎明の翼」では、専門的な教育と訓練を受けた「トレインド・ナース」の重要性が
描かれました。
新潟県の女学校で舎監を務めていた一ノ瀬りんは、近くの山村で発生した赤痢への対応を求
められます。
協力を依頼したのは、かつて帝都医大病院で働き、現在は実家の黒川病院を継いでいる
医師・黒川勝治です。
りんは当初、協力することに迷いを見せます。しかし、感染症に苦しむ人々を放っておく
ことはできず、赤痢が広がる村へ向かいました。
衛生状態の悪かった避病院を徹底的に清掃し、感染を広げないための看護を実践。さらに、
東京から大家直美も駆けつけ、力を合わせて感染拡大を抑えました🩺
この出来事をきっかけに、りんは1年間の約束で黒川病院に勤務し、看護婦の養成にも携わる
ことになります。
🏠第20週「家族のかたち」で東京へ戻ったりん
第20週「家族のかたち」では、それから1年が経過。
りんは東京に戻り、直美が運営する「恵風看護婦会」で、患者の家に泊まり込む派出看護を
担当します。
一方、物語には恋愛を思わせる展開も登場。看護婦としての活躍を期待していた視聴者の
一部からは、恋愛要素に戸惑う声も上がりました。
しかし、りんのモデルとされる大関和の生涯には、実際にいくつもの恋愛や男性との深い
交流があったと伝えられています。
💉献身的な看護で相馬愛蔵の人生に影響
大関和が看護婦養成所を修了し、帝国大学医科大学付属第一医院外科で働いていたころ、
患者の一人に相馬愛蔵がいました。
相馬愛蔵は、のちに東京・新宿の中村屋を創業する実業家です。
当時、相馬は東京専門学校、現在の早稲田大学で学んでいましたが、疥癬という感染症にかか
り入院していました。
治療には硫黄を主成分とする軟膏が使われましたが、強いにおいがあったため、必要以上
に塗ろうとする人は少なかったといいます。
それでも和は、早く学校へ戻りたいと願う相馬のために、献身的な看護を続けました。その
結果、相馬は短期間で回復したと伝えられています。
退院後も相馬は和への感謝を忘れず、和が新潟県高田に移ってから、わざわざ訪ねています。
二人の関係が恋愛だったのかは分かりません。しかし、相馬は和の生き方から大きな影響を
受けました。
和と同じキリスト教の信仰を持つようになり、廃娼運動や貧しい人々を助ける活動にも関
わっていったのです。
和の看護は病気を治すだけでなく、一人の男性の人生観まで変えたといえるでしょう✨
💌11歳年下の木下尚江から求婚される
大関和に、はっきりと恋愛感情を抱いた男性もいました。
社会運動家として知られる木下尚江です。
明治24年(1891年)、高田の教会で廃娼演説会が開かれました。そこで木下は、洋装でオ
ルガンを弾きながら歌う和の姿に強くひかれたといわれています。
木下は21歳、和は32歳。二人には11歳の年齢差がありました。
現代では珍しくない組み合わせですが、当時の日本では、年上の女性と年下の男性の結婚
は非常に珍しく、周囲から奇異の目で見られる可能性がありました。
それでも木下は、和の美しさだけでなく、経験に裏打ちされた知性や行動力にも魅力を感
じていたようです。
ドラマで井上祐貴さんが演じる新聞記者・横沢公輔についても、木下尚江がモデルの一人
ではないかと考える見方があります📰
🚪収監された木下を支え続けた大関和
その後、木下尚江は新聞の主筆を務めるようになりましたが、県議会議員選挙をめぐる事件
に巻き込まれ、逮捕されます。
木下が東京の監獄に収監されると、和はすぐに面会へ向かい、その後も差し入れを届けて
支え続けました。
和のひたむきな姿に、木下の思いはますます強くなっていきます。そして木下は、ついに
和へ結婚を申し込みました💍
和も結婚を考えるようになりましたが、二人の関係には周囲から強い反対の声が上がります。
反対の理由には、木下の複雑な女性関係や、10歳以上年下の男性との結婚によって
、社会的に知られた和が中傷されることへの懸念がありました。
最終的に木下は結婚を断念。和もまた、木下と人生をともにする道をあきらめることに
なりました。
🌹40歳を過ぎても終わらなかった恋
大関和の恋愛は、木下尚江との関係だけでは終わりませんでした。
40歳を迎えたころにも、結婚を望むほど強く思いを寄せた男性がいたと伝えられています。
しかし、この恋も周囲の反対に遭い、結婚には至りませんでした。
和は悲しみを隠すことなく、涙ながらに自分の思いを訴えたといいます。その姿は、年齢
を重ねた女性というより、初恋に心を震わせる少女のように純粋だったそうです。
「40歳を過ぎたら恋愛は終わり」という考え方が珍しくなかった時代に、和は世間の常識
や年齢に縛られることなく、人を真剣に愛しました。
その率直さと情熱も、和が多くの人を引きつけた理由だったのでしょう。
👩⚕️大関和は「看護の偉人」だけではなかった
大関和は、日本における近代看護の発展に尽くした先駆者です。
看護婦の育成だけでなく、廃娼運動や貧しい人々を支援する活動にも取り組みました。
一方で、恋に悩み、結婚を望み、周囲の反対に涙を流した一人の女性でもあります。
歴史上の人物を「立派な偉人」としてだけ描けば、その人間らしさは見えにくくなります。
『風、薫る』に恋愛が描かれることには賛否があるでしょう。しかし、大関和の人生を知
ると、りんの恋愛は単なる付け足しではなく、モデルとなった女性の人間性を表す大切な
要素だと考えられます。
🌿まとめ|りんの恋愛は大関和の情熱的な人生につながる
『風、薫る』の一ノ瀬りんは、看護に情熱を注ぐ芯の強い女性です。
そのモデルとされる大関和もまた、患者に献身的に寄り添い、社会を変えるために行動しなが
ら、恋愛にも真剣に向き合いました。
看護婦としての使命感と、一人の女性として人を愛する心は、決して矛盾するものではあ
りません。
「また恋愛話か」と感じる視聴者もいるかもしれませんが、和が実際に歩んだ人生を知れ
ば、今後の恋愛展開も違った角度から楽しめそうです😊
りんが仕事、恋愛、家族というさまざまな問題に向き合いながら、どのような人生を選
ぶのか。これからの物語にも注目です。
※本記事は、ドラマの内容と大関和に関する書籍・資料をもとに、人物背景を分かりや
すくまとめたものです。ドラマにはフィクションや脚色が含まれます。

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